ゲーム 作品解説

『Red Dead Redemption』とは何を意味していたのか?

『Red Dead Redemption』は何を裁いていたのか

レッド・デッド・リデンプション』(RED DEAD REDEMPTION)という物語が描いているのは善悪ではなく、もっと冷酷で逃げ場のないもの。
そして、単なる元ギャングの西部劇として受け止めようとすると、その核心は見えない。

それは、人間がどのようにして文明社会を取り巻く『血の贖罪』のシステムに関わり、そしてそこから逃れられないのかというものだ。

ビルとハビアが示したもの

物語序盤、主人公であるジョン・マーストンはかつてのギャング仲間であるビル・ウィリアムソンとハビア・エスクエラを追う。

この二人は対照的に見える。

  • ビルは粗暴で頭が悪く、衝動的な暴力の体現
  • ハビアは忠誠心や明確な理念を持ち、彼なりの筋を持っている人物

だが二人の結論は同じで、どちらも排除される。
ここで作品が両者を同時に切り捨てているのは、同時期に始末する二人の差異を見出そうとするプレイヤーに向けて「動機次第では免罪になる」という幻想を切って捨てること。
持っているのが欲望であれ信念であれ、暴力に加担した時点で彼らの帰結は変わらない

メキシコ編の違和感は何だったのか

物語の舞台はアメリカ西部からなし崩し的にメキシコへと移る。
この展開はしばしば「寄り道」に見えるが、実際は逆だ。
ここは作品の中核で、メキシコの政府軍と反乱軍という彼らなりの正義を掲げる両者は、どちらも暴力を正当化している土地であるからだ。
ジョンはその政府軍と革命軍の両方に利用され、ここで提示されるのは「場所や立場」が変わっても、暴力は同一であるという事実だ。

もう疲れたんだ

メキシコでは政府軍(腐敗した独裁)と反乱軍(理想を掲げつつも暴力)そのどちらにも正義がない。それでも、ジョンは仕事としてどちらにも加担するしかない。これは政府に始末させられている構図と一致しており、メキシコは「異文化」ではなくアメリカの鏡像として存在している。

そうして革命軍に加担するルイーサは軍に捕まった革命軍リーダーのアブラハム・レイエスを救おうとして彼に認識もされず、忘れ去られたまま死ぬ。

彼女はジョンに語ったように圧政への抵抗と自由への希求を目指し、民衆のための行動するがそれは革命軍の中でも利用され、動機の正しさは結果に影響しない。

正しい国家ができるなら、この物語は希望で終わる。
だが、権力を握ると腐敗を示唆されるアブラハム・レイエスが示しているのは革命は旧体制の型を壊すのではなく、形を変えて引き継ぐだけということ。そして、理想の担い手として登場し、権力の側に回ると同質化する彼はある意味では、これから登場する「ダッチの成功したversion」の姿でもある。ダッチはそこまで腐れなかった故の物悲しさだが。

アメリカもメキシコも違わないし、暴力は場所も理由も変えて繰り返される。
特にハビアの最期はプレイヤーの選択的に描かれており、「捕縛」か「射殺」のどちらかはプレイヤー次第だ。

つまりプレイヤーに委ねられる=ジョン自身も彼をどう扱うか決めきれていないまま。

だが、どちらにしろハビアは最終的に国家によって処理される。どんな動機でも、暴力に加担した時点で結末は同じ。

「理想」がいかにして「体制」に変わり、同じ暴力を繰り返すかを示す実験室がメキシコだった。そうしてメキシコでの権力移行の不透明さと、反乱軍と現政府の両者に利用されてきたこと。
無意味な殺しの積み重ねの果てに、ジョンの中で「おかしい」という感覚が芽生えだしたのはこの時期でもあるのだ。

「この世は変わらないことに気づいたのかもな」

ナスタスが示す「適応」と「道半ば」という末路

ダッチを追う際に先住民ナスタスはアメリカ政府側に立って協力してくれるが、これは裏切りではない。
抵抗すれば滅びるが、従えば生き延びる可能性があるという自分の民族の生存や白人社会との折衷、すなわち無意味な抵抗の終わりを理解している「現実主義者」だ。
つまり彼の選択は生存のための最適化

しかし、生き延びるために文明社会に「加担」した時点で、そのシステムの中で抗えば消される。
だが、従えば取り込まれる。
被征服者である先住民に出口はない。
だが、彼らは天国への切符を手にしたのだと作中では切って捨てられる。

Mrs. Bush, that they are finally bringing civilization to this savage land.
ブッシュ夫人、私はこの未開の地に文明が持ちこまれてるのは、とても良いことだと思うの。
 I could not agree with you more, my dear. My daddy settled this land and I know he'll be looking down on us, pleased at how we helped the natives.
全くそうだわ、この土地を開拓した私の父は天国から私たちを見守って、私たちが先住民を救ったと喜ぶでしょうね。
Yes they've lost their land, but they've gained access to heaven.
ええ、彼らは自分たちの土地を失ったけど、天国へ行く手段は得たものね。


But father, do you mean unless an innocent receives communion, they're destined to go hell? That hardly seems fair.
神父様、純粋な人が信仰を受け入れなかったら、その人は地獄へ行く運命なの?それは不公平だと思うの。
What I mean to say, Jenny, is that there is a great deal of difference between an innocent and a savage.
神父 : 私が言いたいのはね、ジェニー、純粋な人と粗暴な人とでは大きな差があるということなんだ。
I never thought of it that way.
そういうことだったのね。

Yes. They lived like animals. But they're happier now.
ええ、彼らは動物のように生活していたわ。でも今は幸せなのよ。

「人を天使にしちまうかもしれないね」

科学が発展すれば人は変われるし「理想に近づける」というのは実はオープニングの列車における会話で登場してる。
特にジェニーという思い込みの強い、信心深い変わった女性に関しては、サイドミッションにも登場するが一瞬なので忘却の彼方に片付けるのは容易だ。が、その在り方は理想を個人の信念として抱え続ける一般的な在り方だった。

  • 天使→神に近づく存在(精神的な「高み」への上昇)
  • 飛行機→空を飛ぶ(物理的な「高み」への上昇)

人には信念が必要だがそれはブレるし、自分をも傷つける。
理想を持つこと自体は否定されていない。
が、時にその理想は現実に接続されない故に「諸刃の剣」と化す。
だが、飛べると信じることをやめられない彼女は、野生動物に囲まれて荒涼とした荒野の中で祈り続けている。

人類の進歩の象徴として、上記の彼らの会話は新しい時代の到来を意味するが、この世界では、進歩しても人間の本質(暴力)は変わらない。
ジョンとジャックの最後の会話では「人は天使になれる?」という問いが再び出る。

you ever hear talk about them machines that can make a man fly?
でな、ああ、お前、人が飛べるようになる機械の話は聞いたことないか?
Well sure, Pa, everybody knows about that.
ああ、あるよ父さん。誰だって知ってるさ。
You know, they're gonna be bringing one of those machines around the country next year for a demonstration.
来年、その機械のデモンストレーションがこの国で行われるってな。
One of them machines could turn men into angels.
機械が人を天使にしちまうかもしれないね。

「機械があれば、人は天使になれるってか」

ここで重要なのは、ジョンはそれを肯定も否定もしきらない。
飛行機が人類の進歩の象徴として、新しい時代の到来を意味していることも彼は知ってるが、この世界ではたとえ進歩しても人間の本質(暴力)は変わらない現実があるのを、彼は知っている。
人は天使になろうとするが、なりきれない存在であるのだと。

この作品の立場は人は上を目指す(信仰・科学・理想)の高みだが、人自身がそれを妨げる。
RDRは人が理想が高みを目指そうとして壊れる瞬間を描く物語であり、個人は変われるが世界は変わらない。
冷静で自制的に生きて過去に囚われないようにしていたリケッツやアビゲイルも語ったが、周囲の構造は変わらないのだ。

「かつての生き方は決して消え去らない。終わることなんてないわ」
「どうやら全てにケリをつける時が来たようだな」

「進歩への期待」はこれからの時代に人間はより良くなれるという思想そのもの。であるがゆえに、メキシコ編ではアブラハム・レイエスは反乱を成功させて「社会的高み」に達したが、彼は神の如く振る舞い始めて堕落し、結局は独裁者として歴史に名を連ねる。

世界は不変で形を変えて続くし、理想は現実を制御できないとRDR2の頃からおそらく心の何処かで察していたダッチは自らの終わりとして「高み」から身を投げ出した。

「俺たちの時代は終わったんだ、ジョン」
そして真理により解放されん

ジャックが最後に復讐としてエドガー・ロスに引き金を引く行為は、母であるアビゲイルが望んでたように文明社会に生きて「飛べるはずだった次世代の人間」が、結局地上に縛られている証明となってる。

あのオープニングとジョン編のラストの会話が示しているのは、人は天使になろうとするが、なりきれない存在であるという、彼らの悲運そのものだ。

そうして彼らの背負う因果として、
「血の贖罪」という地上のルールは繰り返されるのだ。

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