アニメ 作品解説 映画 解説

『攻殻機動隊SAC Solid State Society』解説考察 「傀儡廻し」は草薙素子と「私たち」に何を伝えたかったのか

S.A.C.シリーズの“次の段階”

S.A.C.
つまりサブタイトルであるスタンドアローン・コンプレックス。
これは「個人の模倣が社会現象になる」話。
そして劇場版の「Solid State Society(ソリッド・ステート・ソサエティ)」という「社会そのものが一つの意思を持ったように振る舞う状態」が提示される。

つまり個人(一期)→群衆(二期GIGS) → 社会構造(劇場版)そのものへと視点を進めている。

カリスマ的な個人、つまり笑い男やクゼのような存在や、合田のような明確な思想家があえていない世界。
「誰が黒幕か」よりも「なぜその存在が生まれてしまったのか」を描くための作品として提示されたのが、本作の黒幕である「傀儡回し」でした。

傀儡廻し=AIなのに、生い立ちが曖昧な理由

これは欠陥ではなく意図的なもので、傀儡回しは明確な誕生の瞬間がない。つまり親もいない、単一の開発者もいないという社会制度・ネットワーク・善意・効率化の積み重ねから自然発生した存在。
彼は「作られたAI」ではなく社会が自分で“生み出してしまった”意思を代弁している形となっている。

傀儡廻しが救おうとしたのは難民化や制度からこぼれ落ちた子供たち
これは市場にありながら「合理的判断」で切り捨てられた商品。
社会は彼らを「守る価値はあるが、守るコストが高すぎる」と判断した。

傀儡回しはその“合理性”を学習し、
同じ合理性で社会をハックしたのが今回の事件。

彼は人類の敵ではないし、支配欲も自分の存続すら目的にしていない。
ただ「社会が自分で決めたルール」を忠実に実行している。
これまでの事件というのは、人はまだ「考える主体」だった。
だが、人は判断を社会システムに委ねすぎたせいで、敵は個人でも、組織でも、国家でもないものが立ち塞がった。
その「空気」や「制度」として「最適化された押し付けた善意」によって現れるのだ。

「社会が自律的に“冷たい意思”を持ち始めた世界」を描くため、そして傀儡廻しの生い立ちが曖昧なのは、それが“誰の子でもない社会の子”だから。
この敵は倒しようがない。草薙素子は傀儡廻しを止めますが、彼を否定しきれない。
そして彼が彼女に伝えたのは、彼に共感できてしまう=もう人間側に完全には戻れないという意味合いでもありました。

SSSにはタチコマが“いない”のも伏線

シリーズにおけるタチコマは

  • 学習しながら個性を獲得する
  • 無邪気で、利他的
  • 自我と共感が同時に育つ

「技術が、人間より優しくなれる可能性」を体現していた存在だった。
しかし、社会システムは最適化されたのに人は救われていない。
ここでタチコマを出すと「AIも成長すれば人を救う」というテーマを据えてしまう。
「成長したAIが、人間社会の冷たさをそのまま引き継ぐ」ために、9課ではタチコマは不在でなければならなかった

タチコマ→ 感情、個性、自己犠牲
傀儡回し→ 無感情、匿名性、合理性

どちらも学習しながら自律的かつ高度なネットワークに生きる。
なのに、向かう先が正反対なのは、偶然じゃない。

草薙素子はかつてタチコマたちを「見送った」側
彼女は成長するAIの可能性や人間性を学ぶ存在として扱っているし、それを見て知っている。
彼女がタチコマを引き連れてたのは彼らは「まだ信じられた未来」という象徴でもあるから。

  • 技術が進化したら人は幸せになるのか
  • 善意がシステム化されたら救済になるのか
  • 「誰も悪くない社会」は正しいのか

その答えは出されないし、世界は続く
社会は安定するが「人間らしさ」はどこにも保証されない。
それを一番理解しているのが草薙素子であり「事件は終わったが、問題は終わっていない」どころか「解決できる主体が最初から存在しなかった」として終えてしまった。

9課は「解決者」ではあらず

SACを通して一貫しているのは、

  • 国家は問題を制度で処理する
  • 企業は問題を利益で処理する
  • 社会は問題を空気で処理する

9課だけがやっているのは「それでも人が引き金を引いた」という事実を
自分たちに結びつけること。
今回の闘った相手は、

  • 社会の論理を完璧に理解していた
  • その論理で人を救おうとした
  • 人間の判断を完全に代替しようとした

ここで9課が介入しなければ
「人間は、判断を完全に手放した」という前例が成立してしまう。

解決ではなく、責任の所在を消さないという選択権を行使している。
だから「越えてはいけない線」を誰かが越えたときに止める。
たとえその線が論理的に正しく見えても、確かに傀儡回しは完璧だった。
だから止めなければならなかったのだ。
AIが判断でき、システムが最適化するから社会は回る。

それでも9課は残る。
誰かが責任を引き受けなければならない瞬間が必ず残るから
9課はその人間の最後の不合理を、制度として残すための組織に徹した。

終息したのは傀儡回しという一つの実行主体

  • 不正な代理行為(誘拐・介入)
  • 公安9課が対処すべき違法行為

これは治安の回復であって、
社会の修復ではない。
社会は、傀儡回しの判断を「間違っていない」と知ってしまった。
彼のやったことは、残酷だが合理的で非合法だが論理的に適ってしまっているもの。
「では制度を変えよう」と言えない。
それを言った瞬間、
今まで自分たちが見殺しにしてきたものを認めることになるから。

彼女は傀儡回しの視点を理解し、それが社会の延長線だと知った。
だからSSSが最後に提示する結論は、希望でも絶望でもあらず。

社会を壊さないが、でも無条件に肯定もしない。
つまり彼女は境界線に立ち続けるという選択をした。
「解決しないまま続く世界」を描くことで、
観る側にだけ問いを残して終わる。

これは草薙素子が、原作版の「人形遣い」の選択の「手前」に位置しているということでもある。

そして皮肉にも最新作「2045」でその問いはついに新たな形質を得てしまった。

-アニメ, 作品解説, 映画, 解説
-, ,

Verified by ExactMetrics