神様は人間を救いたいと思ってた。
だから、手を差し伸べた。
調子はどうだ、マグノリア・カーチス。
問題ないわ。むしろ、今の私の力は、かつての自分すら凌駕しているという確信がある。
それはよかった。
笑いたければ笑いなさい。
何故お前を笑う必要がある。お前には元々素質があった。私は今それを再び確認し、敬意を表したに過ぎん。
何のこと?
我々はただ一つの望みを追い求める為ここにいる。
お前はお前自身から奪える物を全て奪い尽された。自分の全てを棄て、マグノリアという一人の存在の何もかもを賭け金として、ただ一度の賭場、一度きりの戦いに全てを投げ込む愚か者、それがお前だ。
そして、その勝負に私は立ち会うことが出来るのだから。
たとえ愚かと言われようと構わない。私は……
でも、その度に、人間の中から邪魔者が現れた。
神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者
言っただろう。私はお前を讃えているのだ。
何故なら、奇跡を起こすのは賢者ではなく、愚者だからな。
賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶという。
人間は世界の理や自らの限界を知ろうとする。手にできる範囲の全てを手にする。
しかし、自らの手に余る物、手に入るという可能性が見えない物は、決して手に入れる事が出来ない……いや、しようとしない。
限界を知る賢者は、手を伸ばす前に不可能だと諦めるからな。
だが、愚者は違う。
世の節理や道理、限界を知らぬ者達はそれに抗い、可能性の見えない物に手を伸ばし、足掻こうとする。
中には不可能を認めたくがないゆえに手を伸ばす、お前のような愚か者もいるがな。
無論、その多くは不可能であるがゆえに失い、その果てに死が待っている。
だが、稀に手に入れてしまう存在がいる。
それこそが黒い鳥、そこにある絶対的な世界の枠を越え、神を殺す存在だ。
神様は困惑した。
人間は救われることを望んでいないのかって。
見てきたような口ぶりね……お前のオリジナルのこと?
残念ながら私は敗北し、見てきた側だ。オリジナルが敗れたのは本物ではなかったからだ。そもそも、例外の複製は、その存在が管理できないゆえに禁止されていた。
そう。お前のオリジナルと、それに打ち勝ったそいつは、どんな奴だった?
期待などするな、ただの愚者だ。それも、とびきりのな。
あの二人は世界の理も、己という存在の限界も知っている男だった。だが、それでも奴は、奴だけは、諦めを、不可能を知らなかった。
あれこそまさしく神を殺す超越者、世界を破壊するイレギュラー。
でも、神様は人間を救ってあげたかった。
だから、先に邪魔者を見つけ出して、殺す事にした。
人間は限界を知るからこそ、どうしようもない不条理を感受しようとし、妥協する。
その妥協の積み重ねが、世界の枠を作り、秩序を生む。
つまり、秩序こそが人の総意、システム、すなわち世界の理だ。
だが、愚者は限界を知らぬがゆえに妥協を知らず、立ち向かい抗う。そうやって、秩序は、システムは乱される。
秩序を乱す異分子をシステムは認めない。システムとは人の総意だ。そして、愚者とは個人を指す。
通常、全体の一部でしかない個が、全である人の総意を凌駕することなどあってはならない。
だから、排除する。
そいつは「黒い鳥」って呼ばれたらしいわ。
何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥。
そうだ、勝てるはずがなかった。
あの時点では、私と奴の腕はほぼ同等、機体の性能には代償がついていたとはいえ、絶望的なほどの差があった。さらに、後詰めは機体性能こそ互角だが、操縦者としてのスペックは圧倒的に上。
奴が私に勝てる可能性は限りなくゼロに等しく、さらにその後詰めに勝てる要素は間違いなくゼロだった。
それでも敗北した。でも、だからこそでしょ? 賢しく生きようと選択した者たちの幾千幾万もの予測を上回り、確立を意に介さず、机上の数値を飛び越え、地に這い頭を垂らすしかない弱者を笑うかのように、遥か高みに飛んで見せる。それが黒い鳥よ。
その通りだ。だから、お前には期待している。貴様も同様に愚者の一人。その資格を持つ者だ。
あとは貴様が私と、私のオリジナルと同じく、ただ高く跳ねる事が脳の飛べない鳥か、奴と同じ黒い鳥かを見定めるだけだ。そして、お前とあの傭兵、最後に勝ち上がった本物を私が倒す。我々はその為に生まれ、私はこの時の為に……ククク……フハハハハハ!
勝手にしなさい。けど、一つ聞かせて欲しい。
お前の知る本物は、黒い鳥になる時、私のように人という形を失った?
イレギュラーになったその先に、何かを手に入れたの?
……いや、奴は人のままイレギュラーとなった。故にイレギュラーになった後も、我々が捨てた人間……人間であったが故に出来た幸福、愛する存在、家族や友といったそれを手に入れ、守ろうとしてきた。
そう……それを聞けて良かった。そろそろ行かせてもらう。
健闘を祈る。ブルー・マグノリア。
――戦うこと、強さ。そんなのが特別なことなのかしらね。
――いつか、あの男も言っていました。それが我々の可能性なのかもと。
……お前も、そして私も、きっとおそらく誰も、あなたに勝てない。
たった一つの望みしか持てなかった弱者が、何もかもを望み、それを持ち続けようとする強者に敵うはずがない。
勝てるわけがなかったんだ。
まして、自分の弱さを認められない、飛べない自分を誤魔化して、生きるしかなかった半端者の私が――。
きっと、その黒い鳥も、あなたと同じように自分を偽ることがない真っ直ぐな生き方で、持っている物を捨てられないからこそ戦って、全部を守ろうと戦う度に苦しみ悶え……傷付きながらそれでも戦い抜いた。
とても欲深い、けど……とっても人間らしい、素敵な人だったんでしょうね。
私が聞いた黒い鳥も同じ……決して独りではなかったんだと、今になってそう思う。
彼らは人として失くしちゃいけない物を、決して棄てなかった。忘れなかったのよ。
だから、私と同じ名を持っていた人は黒い鳥を信じたからこそ、誰よりも傍にいられて、見届けることが出来たのかな。
そして、私は――。
うん。これは結局、そういうこと。
黒い鳥になりたいから、他を要らない物として捨てる……私は最初から間違えていたのね。
馬鹿な話……ごめん、二人とも。
――ま、どうでもいいわよ、そんなの。
――アタシは、もう嫌なの。誰かの思惑で生きるなんてさ。
――だから、足掻くだけ。やりたい事をやるだけよ。
――やりたいことって、例えば?
――そんなの決まってるじゃない。
……それでも、私はあなたの横に立ちたい。
一瞬でも構わない。
たとえ、墜落して死ぬだけの飛べない鳥だとしても、
一秒でも長く、私はあなたと二人肩を並べて同じ空を飛んでみたい。
決して忘れられない、道に外れようと、そこに咲き誇っているあの花を、夢の続きを見ていたい。
もう諦めたくない。もう振り返らない。
時は過ぎた! 私は戻ってきたんだ!
私は帰ってきた! 私たちの魂の場所に!
此処が、私の魂の場所よ!